- CO2の削減、リサイクル、再利用、除去に重点を置く炭素循環型経済の枠組みを採用
- デジタル化、ロボット技術、人工知能(AI)は、イノベーションがよりクリーンなエネルギーを生み出すことを示す好例
- サステナブルかつ世界中のあらゆる地域で利用できる解決策が必要
イノベーションとテクノロジーは、環境に恩恵をもたらす新たな可能性を切り開く
エネルギー転換のペースが今後どのように進むかは不透明ですが、人々が考えるいくつかの基本原則があると私は信じています。特に、エネルギーがいつでも手に入ること、十分な信頼性があり、手頃な価格であること、そして当然ながらサステナブルであることが理想的です。また、気候変動は今や世界が直面する最も困難な課題であることにも、多くの人が同意するでしょう。しかし、これまでの協調的な取り組みにより、温室効果ガス(GHG)排出量削減に向けて一定の成果を挙げつつも、そのスピードや規模は、期待されたレベルには達していません。
この理由の一つは、世界がメディアの影響もあり、マクロレベルでは電気自動車(EV)と再生可能エネルギーという2大エネルギー技術がCO2の削減に迅速かつ大きく貢献すると期待しているからです。確かにこれらは削減に一定の効果はありますが、導入や普及は進んでいません。実はEVが初めて導入されたのは100年以上も前ですが、内燃機関に取って代わられたことはあまり知られていません。EVはここ20年で再び注目されていますが、現在の世界の走行車両全体の1%に満たないのが現状です。
EVの普及が進まない理由には、いくつかの経済的・技術的問題があります。例えば充電インフラが普及していないことや、バッテリー関係などです。さらに重要なのは、EVの充電に必要な電力の燃料構成が、十分にクリーンではないということです。また、コストも高く、多くの人はEVを手に入れることができません。これらの問題には、段階的かつ優先的に取り組んでいく必要があります。
一方、近年の再生可能エネルギーである太陽光と風力発電は、現在、世界の電力量の約10%を生産しています。世界の一次エネルギー消費量で見ると、そのシェアは約13.5%です。これら再生可能エネルギーの特質である、不安定な発電量をカバーする大規模蓄電設備の商業化も進んでおらず、送配電網の安定化の問題もあります。
EVと再生可能エネルギーは、気候問題解決への足掛かりにはなるものの、サステナブルかつ手頃な価格で信頼性が高く、実際に利用できるエネルギーを供給するという目標を達成するには不十分です。これらのテクノロジーの成長には時間がかかることや、特有の課題等を鑑み、最近、気候変動の目標達成に向けてより現実的かつ過渡的に進めるためのアプローチが生まれました。それが2020年11月にG20が承認した「炭素循環型経済」の枠組みです。これは、よりクリーンなエネルギーの未来への移行を目指して、CO2の削減(Reduce)、再利用(Reuse)、リサイクル(Recycle)、除去(Remove)の必要性を強調しています。
しかし、従来のエネルギー源からさらにエミッションを「削減」するにはどうすればよいでしょうか。答えはテクノロジーです。すでに様々な産業では、エネルギー効率の高い技術が展開されており、エミッション削減に取り組んでいます。例えば輸送機関では、内燃機関や使用する燃料をよりクリーンにすることで、エミッションの大幅な削減が実現できる可能性があります。つまり、この分野への投資を拡大することで大幅なエミッション削減が見込まれるのです。例えば、ドロップイン燃料は、多額の投資をすることなく既存の内燃機関のCO2削減が可能となります。
炭素の再利用やリサイクルは、複数のステークホルダーに経済的価値をもたらし、環境を守ります。この方向性で優先すべきは、CO2を回収するテクノロジーの進歩です。当社はサウジアラビア国内のガスプラントにおいて、CO2を回収して油田内に貯留し、石油の回収率を高めることが可能であると実証しています。当社の研究は、回収したCO2をポリマーや化学物質などの実用的な工業製品へ変換できることも示しています。また、セメント硬化にCO2を利用する方法は、コンクリート内部にCO2を隔離するもので、インフラ開発における炭素強度の低減するためのもう一つのアプローチです。
パリ協定では、大気中に排出された炭素の除去を重要課題とし、アラムコでは様々なCO2隔離の取り組みを進めています。マングローブ林などのCO2吸収源による、自然を利用した解決策もその一つです。当社は、サウジアラビア沿岸部のマングローブ植生回復に向けて、昨年夏までに430万株ものマングローブを植え、さらに200万株を現在植林中です。また、砂漠化を防ぎ、生物多様性の向上、さらにはコミュニティーや保護区、その他乾燥地帯内でのCO2隔離を目的として、何百万株もの在来種樹木を植林しています。
今日、気候変動対策に活用できるテクノロジーは数多く開発されていますが、商業化に至るまでの段階にはばらつきがあります。テクノロジーの実用化は、イノベーション促進政策や、研究開発への資金援助、多国間協力を促進することで加速できます。
「炭素循環型経済」は、そうした先駆的な技術イノベーションと、政策に後押しされた画期的なビジネスモデルがあってこそ実現します。技術イノベーションは経済価値を創造するための基盤となりますが、画期的なビジネスモデルがその技術を実用化につなげるのです。
つまり、イノベーションがカギを握ります。最近出荷されたゼロカーボン発電用ブルーアンモニアはその好例です。アラムコはサウジ基礎産業公社(SABIC)、一般社団法人日本エネルギー経済研究所(IEEJ)との独自の協力のもと、世界で初めてブルーアンモニアをサウジアラビアから日本へ出荷されました。このプロセスを通じて総量50トンにのぼるCO2を回収し、そのうち30トンはSABICのイブンシーナ工場でメタノールの製造に用いられ、残り20トンはアラムコのウスマニヤ油田で石油増進回収(EOR)のために利用されました。
私が特に注力しているのは、産業オペレーションのデジタル化です。アラムコでは近年、ビッグデータ解析やAIを活用して、地震探査データ処理や原油回収の改善、坑井の生産性向上、コスト削減を図っています。例えば、デジタル油田としては世界最大級の原油生産・精製施設であるサウジアラビアのクライス油田は、電力総消費量を18%削減し、保守費用を30%最適化、また点検時間も40%短縮することに成功しました。
当社は、排出ガスの漏洩を検知する光学ガス可視化カメラを搭載した無人飛行機も導入しています。ビッグデータを活用した分析ソリューションを導入し、サウジアラビアの170の稼働施設で、2,000箇所を超す発生源からの温室効果ガスの排出量を監視しています。各施設のパフォーマンスをベンチマーク分析することで、さらに削減できる機会を見出しています。
収集したデータをもとにアルゴリズムを自社開発し、ガスフレアリングの必要性を予測して、最小限に抑えることも可能になりました。また、フレアガス回収技術への投資も行っており、焼却されるはずのガスを処理システムに戻すのに役立ちます。こうした様々なプログラムにより、当社ではフレアリングをこの10年間で約50%も削減することができました。この結果、サウジアラビアのフレア量は世界で最も少ないレベルとなっています。
これまで述べてきたことは、よりクリーンで低エミッションの未来に向けて、技術イノベーションがいかに大きく貢献するかの可能性を示すほんの一例に過ぎません。デジタル化、ロボット技術、AIを活用したこのアプローチは、気候変動に対処する上で極めて有力で役立つ革新的な実践方法として、大きな注目を集めています。産業界、そして私たち社会全体の両方に、先端技術や画期的ビジネスモデル、追加的ソリューションを活用する責任があります。それにより、エネルギーの信頼性が高まり、安価かつ低エミッションで、誰もが広範囲に利用できる未来が実現するのです。