自然を活用した解決策の展開
自然をヒントにした「気候変動対策」がより強靭で生物多様性に富んだ力強い未来を築く鍵となる

- 気候変動や様々な環境問題への取り組みにおいて大きな可能性を秘める、自然を活用した解決策
- アラムコは生物多様性と生態系サービスを目指し、その一環として自然を活用した解決策へ投資
- サウジアラビアにおけるマングローブの植林や湿地帯の保護活動、また国内外のサンゴ礁の再生などの各種プログラム
自然と人類文明は密接な関係にあります。海や熱帯雨林から草原やマングローブまで、自然の生態系は、人間が自然の恩恵を得られるよう、様々な ‘「生態系サービス」を提供しています。それは食糧をはじめ、きれいな水や空気、植物の受粉、医薬効能のある成分、そして居住環境を含みます。
地球の環境問題が深刻度を増す中、自然との協働を通じて問題解決に取り組む手段として、こうした生態系サービスをもたらすプロジェクトやプログラムである自然を活用した解決策に注目が集まっています。
自然を活用した解決策とは?
国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)は自然を活用した解決策を、「自然あるいは改変された生態系の保護、持続可能な管理、再生のための行動」と定義しています。こうした取り組みは、気候変動や人間の健康問題、食糧・水の安全保障、そして自然災害のリスク低減など人間社会が直面する様々な問題に対し効果的かつ柔軟な対応を可能にするほか、 人の幸福や生物多様性に数々の恩恵をもたらします。 .
自然を活用した解決策のもう一つの重要な恩恵は、CO2貯留の向上です。20世紀の中頃から顕在化した気候変動の最大原因である温室効果ガスを回収、貯留するのです。海洋や森林といった自然生態系が健全であれば、温室効果ガスを吸収してくれるだけでなく、これらのガスを長期にわたり「閉じ込め」てくれます。そのほかにも、洪水のリスク低減や空気・水の質改善など、自然を活用した解決策から様々な効果が期待できます。

自然を活用した解決策のもとに位置付けられた自然を活用した気候変動対策で、既存生態系の保護を通じて地球の気温を下げる
世界ではすでに自然を活用した解決策が数多く実施されています。植栽による建物の保冷対策、湿地帯の再生によるCO2貯留と洪水からの人命・資産保護、マングローブ植林による沿岸地域の高潮対策などが挙げられます。また、混農林業(農業において耕作や酪農と樹木の植栽を組合せた、自然を活用した解決策と土地管理システムの一形態)では、土壌の改善とともに燃料となる木材や食糧確保にも役立っています。
保護・転換・再生
自然を活用した気候変動対策は、自然を活用した解決策のもとに位置付けられ、自然からヒントを得て気候変動への対策に特化した活動を指します。こうした「解決策」には、地球の気温上昇を食い止める三通りの手法があります。
パターン1
既存生態系の保護:森林伐採の抑制などで、健全な森林を保護する取り組みです。森林を活用する地域のコミュニティと協力しながら、森林開拓の原因に取り組む、森林保護プロジェクトなどがあります。成熟した森林は、大気中から大量のCO2を取り除く吸収源としての働きを持っています。さらに、CO2は地球の平均気温上昇の最大要因として知られる温室効果ガスであることから、森林が大気中のCO2濃度を下げることは、地球温暖化の進行を緩やかにするうえでも極めて重要です。
パターン2
生態系の回復と拡大:新しいマングローブ林の植栽、被害を受けたり廃退、壊滅したマングローブ林の再生が挙げられます。マングローブはCO2貯留に秀でた能力を持つことが知られており、大気中からCO2を吸収し、根や枝に貯留するほか、周辺の堆積物にもCO2を蓄えることができます。マングローブが大気中から取り除いたCO2は、沿岸の堆積物に閉じ込められ、マングローブが健やかに保たれていれば何千年にもわたり貯留されます。
パターン3
持続可能な土地管理(sustainable land management: SLM):自然を活用した気候変動対策の一つの手法です。国連では、SLMを「変遷する人類のニーズに応えるための生産活動に土地資源を利用すると同時に、その資源の長期的な生産潜在性を確保し、環境機能を維持する取り組み」としています。具体的な対策として、土壌風化の抑制や肥沃性の管理・改善、農地の保水力向上、土の中の有機物や生物多様性を高めることでCO2回収を促進するなどがあります。
自然との協働
アラムコでは、自然を活用した解決策に焦点を当てた一連のプロジェクトに持続的な投資を行っています。これらのプロジェクトは、生物多様性を豊かにし生態系サービスを向上させるという当社の大きな目標に沿って、自然界の棲息環境を改善し、共有資源の保護を目指しています。
私たちが進める自然を活用した解決策のひとつが、サウジアラビアのマングローブの植林と再生です。
マングローブは秀でたCO2貯留能力が知られていますが、それだけではなく、水上および水面下に複雑に張りめぐらされた根が、他の植物をはじめ鳥や海洋生物が命を育める生息地を提供しています。

CO2を貯留するとともに他の植物や鳥類、魚類に生息地を提供するマングローブ

2023年時点で植栽したマングローブは3000万本

アラムコは1993年にマングローブ植林を開始
アラブ湾沿岸地域で進むサウジアラビアに自生するマングローブ林の劣化を抑止すべく、アラムコは1993年、サウジアラビア東部州沿岸部でマングローブ幼木の植樹を開始しました。
2020年からは、温室効果ガス排出量削減プログラムの一環としてこのマングローブ植林を大幅に強化し、同年だけでも200万本を植えています。2023年末時点での植栽総数は3000万本以上にのぼり、2035年までに国内で3億本達成を目指しています。

来園者にマングローブ林について学ぶ場を提供するラヒマ湾マングローブ・エコパーク
湿地と海洋生態系の保護
マングローブの植林や再生のほか、アラムコは自然を活用した解決策としてサウジアラビア国内の天然湿地の再生・保護プロジェクトへも投資しています。こうした湿地は多様な植物や動物種の生息地であり、これらを守ることは近隣地域における洪水や干ばつ、暴風雨による災害への備えともなります。また、住民にとって飲み水や食糧保障を向上させることも可能です。

アブケイク湿地帯の再生を通して数多くの渡り鳥、湿地に生息する鳥類に安全な生息地を提供
2016年、アラムコはサウジアラビア東部州の当社アブケイク・プラント近郊にある湿地の再生活動を開始しました。この天然の湿地は、現地住民が固形廃棄物を不法に投棄してきましたが、当社の支援で廃棄物を撤去し、湿地を再生させました。私たちはここを生物多様性優先保全地域(BPA)に指定し、周囲にフェンスを設けることで不法投棄を防止して、ヨーロッパ・チュウヒやオニアジサシ、コモンクイナをはじめとする渡り鳥や湿地に生息する鳥類を含む在来の野生生物に安全な棲み処を提供しています。2018年には2万5000本の在来植物を植え付けました。これらが成長するとともに、渡ってくる鳥や在来種の生物にさらなる生息地をもたらしてくれます。
サンゴ礁も、私たちの自然を活用した解決策への投資の対象です。健全なサンゴ礁は、大気中のCO2を実質的に貯留する働きをしています。また、海洋生物を支えるとともに、沿岸地域のコミュニティにとっては海岸線の保護や食料・経済安全保障を提供、世界中で推定何十億人もがその恩恵を受けているといわれています。 .
アラムコが推進するサンゴ礁の保護・再生への支援は国際的な取り組みとして、現地の研究機関との協力関係のもとに進められています。日本では、2011年より沖縄県サンゴ礁保全推進協議会とともに、海洋環境の調査研究と教育プログラムを通じて県内のサンゴ礁保全を支援しています。シンガポールではハードコーラルに低い電圧をかけ成長を促す新技術の試験的採用を目指し、2021年に国立公園庁(National Parks Board: NParks)とパートナー協定を締結しました。
2020年からは、アメリカ国立魚類野生生物財団(National Fish and Wildlife Foundation: NFWF)との補助金創成パートナーシップを通じて、アメリカ合衆国とその海外領土の沿岸海域におけるサンゴ礁の救済と再構築への取り組みに対する支援も始めました。アラムコが提供する資金は、同財団を代表するサンゴ礁補助金制度であるサンゴ礁管理基金(Coral Reef Stewardship Fund: CRSF)が管理しています。私たちが対象とするサンゴ礁保全における活動には、重要な稚サンゴのエリアが直面する脅威の低減や推定1000エーカー(約4,050㎢)の被害を受けたサンゴ礁、劣化したサンゴ礁の積極的な再生のほかに、サンゴに関する応用化学に根差した効率的なプロジェクト管理の推奨、管理におけるベストプラクティスの検証と改善、ケーススタディの文書化、そして重点的な取り組み対象となっているサンゴ礁にとどまらず、サンゴ礁保全管理に取り組んでいる世界中のコミュニティに対する情報提供などがあります。
2024年9月には、フロリダ州の追加的サンゴ礁に加え、ハワイ周辺やプエルトリコ、アメリカ領サモアやアメリカ領ヴァージン諸島などにおけるサンゴ礁の健全性と回復力向上の取り組みに対して資金を提供しました。
またアラビア湾や紅海で人工リーフの展開を進めています。2019年に始まったこの取り組みでは、人工リーフ用のブロックを設計し、綿密な試験を経て生産を始めました。海洋コンクリートでできた耐久性の高い人工の構造物で、(2024年末時点で)41ヶ所のサイトで展開されています。キング ファイサル大学とのコラボレーションを通じて、私たちはこれらの人工リーフをつぶさに観察し、海洋生物多様性の向上にどの程度効果を発揮するかについてのデータを収集しています。

日本およびアメリカ合衆国のサンゴ礁保全と再生を支援
気候変動に対する自然を活用した解決策の効果
自然を活用した解決策という概念は、2000年代後半に生まれました。最初は世界銀行が提唱し、国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature: IUCN)が先陣を切って、気候変動に関する順応や緩和対策に生物多様性の視点を取り入れるべく取り組みました。その後、様々な活動団体や政策担当者の注目を集めるようになりました。それから約20年が経ち、今では世界中で自然を活用した解決策がすでに気候変動の影響の緩和に役立っているという成功事例が数多く生まれています。
例えばモザンビークでは、政府の土地・環境・農村開発省がマングローブの苗木育成場を設け、幼木植林や再生マングローブ林の状況観察を行っています。この再生された植林エリアでは、洪水の被害抑制力の向上や農地への塩害の低減が確認されたほか、激減していた野生生物の回復も認められています。。メキシコ湾、さらにはバングラデシュ近海では、人工リーフ によって沿岸部の堆積物の安定化が図られ、塩性湿地の拡張が実現しています。
いくつかのケーススタディによると、自然を活用した解決策がもたらす副産物としての恩恵には、その定義の通り、社会環境的および経済的影響が含まれるという報告もあります。一例をあげると、食料不安が社会問題化しているネパールでは、混農林業によって 家計収入が増えた地域社会が生まれ、地域内での食糧の供給源を確保すると同時に食料不安の低減に役立っています。インドネシアでも同様に、ドゥマク市で実施されているマングローブ再生プログラムを通じて漁獲量が回復し、養殖による生産も5倍に増加、地元農家には収入が3倍に伸びたところもあります。 .
生態系保護の現在と未来
「自然を自然の力で癒す」という考え方は、気候変動による脅威に立ち向かうための手段としてはかり知れない可能性を秘めています。世界的環境NGOであるザ・ネイチャー・コンサーバンシー(The Nature Conservancy)が2017年に実施した研究によると、パリ協定での目標値を2030年までに達成するのに必要な排出量の削減において、そのうち自然を活用した解決策によって推定で最大37%の削減が可能だとしています。このように自然を活用した解決策の可能性は極めて大きい一方で、進歩しつつあるものの完全な実現に向けては、より広い気候変動対策や開発政策にこれらの解決策を取り込み、投資を増やし、また計画や実施において地域コミュニティの参加を実現する必要があります。こうした努力には政府や国際機関による世界規模、国家規模の取り組みが要となる一方で、世界の善良な市民としての企業にもできることがあります。この考えに基づいて、アラムコは、現在進行中の自然を活用した解決策に関するプロジェクトを長期的な成功に導くことに力を注ぎ、研究成果の共有や補助金の提供を通じてより広範囲な取り組みへの新たな貢献の機会を常に模索しているのです。
これらのプロジェクトを成功に導き、ほかにも100を超える多数のプロジェクトを世界中で推進することで、より健全で力強い地球を未来の世代に残すことができるのです。

自然を活用した解決策でコストに合った効果が期待できるか?
洪水からハリケーンや熱波、地すべりまで、地球が温暖化を続ける中、その威力は増すばかりといわれています。2000年から2021年までに英語で出版された査読付き研究を調査した2024年の論文では、結論として、調査対象となった研究の71%が、NbSを災害による被害緩和において一貫して費用対効果の高い対策であると認め、さらに24%が一定の条件が揃えばNbSの費用対効果が上がるという結果を提示したと述べています。